体のつながりが復活し、少しずつ夫婦関係が修復に向かっている。当時の私は、そんな淡い期待にしがみついていました。しかし、現実は残酷でした。私が関係を繋ぎ止めようと必死にもがいている裏で、妻は水面下で間男との繋がりを深め、かつての優しかった妻からは想像もつかないほど冷酷な行動に出るようになります。突然突きつけられた離婚届、息子の誕生日に身につけていた見慣れないピアス、そして不倫相手との旅行計画。サレ夫の心をじわじわと削り取っていく、絶望の記録です。
深夜のスマホと、突然突きつけられた「離婚届」
12月に入っても、妻は間男との接点であるオンラインゲームを深夜まで続けていました。不倫発覚時の証拠から間男のSNSアカウントを把握していた私は、二人がまだ繋がっている気配を敏感に察知していました。妻がスマホを触るたびに心臓が嫌な音を立てる日々でした。
12月10日の夜中、部屋に入ると、スマホでゲームをしていた妻が私の気配に気づき、咄嗟に画面を隠して電源を落としました。その不自然極まりない行動に、これまで抑え込んでいた感情が限界を超えました。波風を立てまいと誓っていたはずなのに、私はとうとう「どうせ間男に連絡してるんだよね?」と詰め寄ってしまったのです。
すると妻は悪びれる様子すら見せず、冷ややかな目で私を見据えて言い放ちました。 「じゃあ、離婚でいいんじゃないですか。明日、離婚届をとってくる」
翌日の昼休み、妻は本当に「離婚届をとってくる」と宣言してきました。私はすべてが終わったと絶望し、仕事中も動悸が止まりませんでした。しかし夕方帰宅すると、妻は昨日の諍いなど無かったかのように平然と夕飯を作っていました。「ああ、見捨てられずに済んだのかな」と安堵してしまっている自分がいました。不倫をされ離婚で脅されているのに、妻の顔色をうかがってしまう。完全に主導権を奪われた情けない状態でした。
不自然な外出と、息子の誕生日に光るピアス
12月17日、妻は休みで私は出勤日でした。朝から鏡の前で念入りに化粧をする妻に理由を聞くと、そっけなく「買い物へいくから」と答えました。私が出勤する際、妻はわざわざ飛んできて「行ってきますもないの?」と理不尽に怒気を強めてきました。自分の後ろめたさを隠すための逆ギレか、間男と会う高揚感から来る当てつけなのか。
12月20日は大切な息子の誕生日でした。妻はご馳走を作り、夜には私の横に来てくれました。しかし、キスをした直後、妻は突然「胸やけがする」と言って吐き気を催したのです。私との接触が本当は生理的にイヤだったのでしょうか。
そしてその時、顔を背けた妻の耳元に、見慣れない綺麗なダイヤモンドのピアスが光っていることに気がつきました。妻が自分で買うようなデザインではありません。私の頭の中で、嫌な想像が一気に膨らんでいきました。しかし今日だけは息子の誕生日です。私は湧き上がる吐き気を無理やり飲み込み、必死に見て見ぬふりをしてやり過ごしました。
引き出しの奥の鑑定書が告げる「残酷な真実」
翌12月21日。休みだった私は、年末の納税書類を探すためにキッチンの引き出しを開けました。書類の束をかき分けた私の手が、ふと止まりました。そこにあったのは、昨日妻の耳元で光っていたダイヤのピアスの「鑑定書」だったのです。
震える手でそれを開くと、オーダーされた日付は「12月15日」と記載されていました。点と線が、最悪の形で繋がりました。12月17日、わざわざ念入りに化粧をして出かけたあの日、妻は間男と会い、このピアスを受け取っていたのです。
怒りよりも先に、底知れない真っ暗な苦しさが押し寄せました。私との関係修復に応じているような素振りをしつつ、水面下では間男からの高価なプレゼントを受け取り、それを息子の誕生日に平然と身につけていたのです。もうどこに向かって頑張ればいいのかゴールが見えなくなり、「もうどうなってもいいや」と自暴自棄になりそうでした。
麻痺した倫理観と、間男とのライブ旅行計画
さらに追い討ちをかけるように、昼間、妻から目を疑うようなLINEが届きました。 「King Gnuの4月の福岡と、ずとまよの6月の横浜のライブが当たった。行ってきていい?」
私はスマホの画面を見つめたまま、頭が真っ白になりました。間男は埼玉に住んでいます。わざわざ福岡や横浜までライブを見に行く目的が、単なる音楽鑑賞であるはずがありません。間男と会うための旅行であることは火を見るより明らかでした。
私への配慮や罪悪感は微塵もなく、不倫相手との旅行の許可を、夫である私に堂々と求めてくる。この麻痺した倫理観と異常さに、私はついに感情がショートしてしまいました。 「よかったやん」 ただそれだけしか返信できませんでした。
帰宅後、妻は「King Gnuだけでも行かせて」とさらに懇願してきました。私がどれほど苦しんでいるかなど、彼女の頭には全くないようでした。心の平静を保とうと必死にもがくたびに、それをあざ笑うかのように新たな絶望が降ってきます。張り詰めていた私の心は、この時すでに完全に折れかけていました。


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